「木を見て森を見ず」人生で見るべきものは?



皆さんこんにちは

今日は嬉しいニュースがありましたね。




テニスの大阪なおみ選手が、全米オープンの女子シングルス決勝でビクトリア・アザレンカ選手(ベラルーシ)を破って優勝しました。

大坂選手が同大会を制するのは2年ぶり2度目です。

今回は、人種差別に抗議するため、黒人犠牲者の名前の書いたマスクをして試合に臨みました。


大阪選手の試合も感動ですが、人種差別への抗議という功績も大きいですね。



さて、今日は「木を見て森を見ず」ということわざから

人生における気持ちの持ち方についてお話していきたいと思います。










「木を見て森を見ず」ということわざがあります。

おそらく、一度は聞いたことがあることわざのひとつでしょう。



とても有名なことわざですが、


意味は、「物事の一部分や細部に気を取られて、全体を見失うこと」を意味します。



英語では、「You cannot see the wood for the trees.」

英語の意味としては、

「 一本一本の木に注意を奪われると、森全体を見ない」ということです。









今日は、「木を見て森を見ず」を様々な角度から分析して、

今、副業や投資といったことに関心のある向上心のある方に

是非読んでいただきたい内容を書いていきたいと思います。






是非お読みいただき参考にしていただければ嬉しいです。





1.木を見て森を見ず」人生編



最近、コロナ渦の中で、いろんな世代の方が不安や抱いています。



会社が倒産して仕事を失ったしまった人はもちろん、

業績悪化で今後今の収入が得られるのか、

或いは解雇なんてこともあるのではないか・・・







また、今の大学一年生は、せっかく入学した大学に

一度も通学することもなく現在まで、

普段ならこんなに授業のたびに課題が出ないのに

毎時間レポートの課題が出題され困っているようです。




しかも、秋からはいくつかの授業は大学で開講するという連絡があり

喜んでいたのもつかの間、



先週、県から感染拡大防止措置として

「県外からの人の出入りを自粛する」という方針が決まった。

それを受け、大学は今年度いっぱいすべての授業はオンラインという連絡があったそうです。




本当に大学に通える日は来るのか、

オンラインの授業で本当に知識やスキルがついているのか・・・



就職が決まらない大学生や転職の方々、本当に不安になっている人が多いです。





何もかもうまくいかない・・・

自分は何のために生きているのか・・・




こんな風に人生における「生きる意味」を自身に問うてしまう人も多いのではないでしょうか。


「生きる意味」について、ヴィクトール・エミール・フランクルという心理学者こう述べています。




 
『私たちが「生きる意味があるか」と問うのは、はじめから誤っているのです。
 
つまり、私たちは、生きる意味を問うてはならないのです。

 
私たちは、人生がたえずそのときそのときに出す問い、

「人生の問い」に答えなければならない、答を出さなければならない存在なのです。』


 





彼は「人は、そのときそのときに人生が出す問いに答を出すためには、

そのときそのときにできることを自分なりに精一杯する必要がある」と言っているのです。





人は常に、自分の価値を高めるように行動しているのです。


 
そのときそのときの状況に対して、常に最善をつくそうと努力をし、




自らが自らの価値を高めるように行動している人は、

決して、生きる意味を問おうとはしません。


 
そのときの状況に対して、最善をつくす努力をせずに、

自らが自らの価値を高めるように行動していない人だけが、
 




「こんなことをして何の意味があるのか」、
 
「こんなことには何の価値もない」、
 
「自分の人生の意味は何なのか」




と生きる意味を問おうとするのです。




今の状況が苦しいのなら、たとえば解雇され追い詰められたのなら、新たな仕事を探し必死になるでしょう。





つまり、フランクルの言う通り、人生に生きる意味を問うても、答えは見つからないでしょう。
 



そんな中、ネットを検索すると、


とても羨ましい生活を送っている人がたくさんいるのを目の当たりにしますね。




しかも芸能人や有名人ではなく、

副業や投資で人生逆転?みたいな内容ですよね。



「自由を謳歌すること」は素晴らしいことだと、

自分の贅沢な暮らしぶりや家族とだけ付き合っていて何のストレスもないというものを紹介している方がたくさんいます。





私は確かに「お金を稼ぐ」「お金を手に入れる」ことはとても大事なことだと思っています。




しかし、あなたにはその「お金」を手に入れたら何をしたいのか、

もっと具体的にイメージしていただきたいと思います。



ただ「楽して稼げる」「誰にでも簡単にお金が儲かる」などという話はあり得ません。


いや、もしかすると世界中の一握りの人だけが知る情報を奇跡的に手に入れて


起こり得ることかもしれません。絶対と言っては語弊がありますね。




しかし、そのような方法は一回限り、一過性のものにすぎません。

たとえば宝くじ、万馬券・・・一回限りです。



2.「木を見て森を見ず」行動


自分が欲しているものはなんであるのかをしっかり見据える必要があります。


私たちはとかく全体を見失っています。
  



私たちは、普段から、


 
周囲の人たちの視線や評価、
 
自分の置かれた立場や環境、
 
「失敗したらどうしょう、うまく行かなかったらどうしょう」




という不安など、自分の価値にこだわり、目先のことばかりに気を取られているために、

自分がどのような行動をしているのかに全く気がついていません。


 
しかし、その自分の姿を、少し俯瞰して上から眺めてみましょう。





そうすれば、自分の行動が、ただその場を行ったり来たりしているだけで

一向に前に進もうとしていないことに気づくことができます。








「楽して稼げる」「誰にでも簡単にお金が儲かる」

お金が欲しい、必要だ、とにかく稼ぎたい




その思いは十分わかります。




しかし、ネット上に溢れた稼げる系の商材を購入してもうまくいかなかったり、

評判が気になって手につかないなんてことありますよね。




また、商材もそうですが、紹介者の生活や言葉など次々検索して

全くうまくいかない自分に嫌気がさすなんてもはやアリ地獄です。




「隣の芝生は青く見える」ものです。





まず、正しい知識を身につけ、正しい判断ができたならば

あなたが選んだものを信じて邁進してください。





3.「木を見て森を見ず」勝ち組、負け組



「自分らしく生きる」とは、どういうことでしょう。


 
 
自分の夢や理想を実現し自分の思い通りに生きていること、
 
そんな生き方が「自分らしい生き方」だと思いますか。




「人生を幸せにうまく生きている人」は、

「自分らしい生き方をしている人」なのでしょうか。




自分らしい生き方とは、

決して、自分の夢や理想を実現し自分の思い通りに生きている
ということのみを言うのではありません。


 


人生を幸せにうまく生きているように見える人、

経済力があったり、家族と幸せそうだったり、人間関係もそつなく行っている・・・。




逆に、人生をうまく生きていないと思っている人も、


仕事は失敗して上司に叱られたり、

勉強ができなくて親は学校に呼び出されるほどだ、

恋人もいなくていつも孤独



そうであっても、ちゃんと自分らしい生き方をされているはずなんです。


 
なぜなら、人は、その人にとって有利な状況だけでなく、

たとえ不利な状況であっても、必ずその人らしいやり方で対処しているのです。



 
人生を幸せにうまく生きているように見える人も、

人生をうまく生きていないと思っている人も、

自分らしさがあります。



何が違うかというと、「社会に適応させる方法」です。
 



人生を幸せにうまく生きているように見える人は、

自分らしさを適切な方法で社会に適応させているのです。



それゆえ、幸せでうまく生きているように見えるわけです。




「他人の芝生は青く見える」





実際にうまく生きている人だって、他人に気遣って、

いつも大きなストレスを抱えているのかもしれません。




大きな富を得ている人は、人が寝ている間もこつこつ努力をして

今の地位や財産を手に入れたのでしょう。




「私は、自分らしい生き方ができていなくて人生をうまく生きていない」
 
と思っているのだとすれば、



それは、自分らしい生き方ができていないのではないです。




自分らしさを不適切な方法で社会に適応させてしまっているから苦しいのです。





誰にとっても、誰であっても人生の正解など存在しません



自分はいったい何を求めているのか、

何が目標なのかをじっくり考えましょう。




「お金を稼ぐ」ことが一発逆転、あいつを見返すなんて

理由だと、その場限りで終わりです。



あなたはあなたらしさを大切にして、自分自身に問うてほしいと思います。



何を求めているのか、お金を稼いだ後にあなたが必要なものは何なのか。

より具体的に創造してもらいたいと思います。





4.「森を見て木を見ず」


「木を見て、森を見ず」の反対「森を見て木を見ず」は、

「小さなことを見落とす」ということです。



「全体ばかりみていると、小さなことを見落とす」という格言です。




実はネガティブな状態になった人は、

「木を見て森を見ず」、部分的にしか見ない、小さなことを細かく見ます。

よく言えば、丁寧で慎重ではありますが、



ネガティブな状態でも、大切な家族がそばにいたり、




助けてくれる多くの友人がいたり、

自分の得意や才能という大切なものが自分にあることを

決して見失わないでくださいね。



そして、ネガティブな状況な方こそ、丁寧で慎重であるゆえに

「物事を1つずつ確実・丁寧に進めること」ができます。




あなたの特性を決して見失わず「一攫千金」「楽して稼ぐ」などという

罠に引っかからないようにしてくださいね。




5.まとめ



私は、文学が好きなので皆さんに吉田兼好の随筆『徒然草』高名の木登りという話を紹介したいと思います。





 
木登り名人として名高い男、現在の植木屋さんです。






その名人が、自分の弟子に命じ、高い木に登らせ梢を切らせに行かせるのですが、

 
目もくらむような高いところで弟子が作業をしているときは、

名人は黙って、何も声を掛けません。


 
弟子が家の軒先ぐらいの高さまで下りて来ると、
 
「気をつけろ。怪我をするな」  
と声を掛けました。


 
そのことを不審に思った兼好は、名人に尋ねました。
 


「本当に危ない高いところにいるときには、

何も言わずに、なぜ、飛び降りても大丈夫そうな高さまで下りてきたとき、

声を掛けたのですか?」
 
 

「人は、自分でも危ないと思っているときには、


とても注意をして行動するので失敗しづらい。


しかし、もう大丈夫だと油断したときにこそ、失敗しやすいものだからです」


 

という返事が返ってきました。
 


それを聞いた兼好は、彼は庭師で決して身分の高い者ではないけれど、


彼の言っていることは、徳の高い人と同じだと感心します。







この話で教訓は2つです。

ひとつは、いろんな情報が溢れていますが、誰が言ったとか有名な人が

言ったから正しいという判断は危険です。


「この人が言っていることだから、正しいだろう」と。
 
そうして、その言葉を鵜呑みにして失敗したりします。


 
「誰が言っているか」ではなく、「何を言っているか」あるいは「何をやっているか」という、

その『内容』に注目するようになれば、もっとものごとの本質を見極められるようになるのではないでしょうか。

 

2つ目は、今こそあなたのチャンスということです。

私たちは物事がうまくいかなくなった時あらゆることにネガティブになります。



そして自己否定や或いは冷静さを失って誤った判断をしてしまうことがあります。



物事がうまくいっていたときは、少々の恐怖や不安も勢いで乗り切れます。



少し風向きが悪くなったり、自分より上に人がいるような時こそ、

他人の忠告が飛んできてそれに耳を傾けることができたり、

自分自身の足元をしっかり見据えることができるものです。



私のブログでは、ネット上に溢れる商材を詳しく検証しています。

また、豊かな人生を歩むための心持について紹介させていただいてます。




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またご質問やご意見もお寄せください。



最後までお読みいただき、ありがとうございました。