情けは人の為ならず 長い箸 因果応報

こんにちは 一如(いちにょ)です。

もうすぐ「敬老の日」ですね。






敬老の日は、国民の祝日の一つで、法律では、

「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」日としています。






長い間、社会の為につくしてきた高齢者を敬い、長寿を祝うとともに、

高齢者の福祉について関心を深め、高齢者の生活の向上を図る日です。


敬老の日を間近に控えた15日、

厚生労働省は全国の100歳以上の高齢者が8万450人に上り、

初めて8万人を超えたと発表しました。






100歳以上の高齢者は、統計を取り始めた1963年には全国で153人。

つまり、この半世紀で526倍もの100歳人口が増えたわけですね。


人生100年時代と言われる中、皆さんはどんな人生を描きますか。





今日は、一度しかない人生について、

どんな生き方が幸せなのかを書いていきたいと思います。

是非お読みいただけると嬉しいです。





1.情けは人のためならず 自分らしさと自己中は大違い



情けは人のためならずとは、

「情けは人の為だけではなく、

いずれ巡り巡って自分に恩恵が返ってくるのだから、

誰にでも親切にせよ」という意味です。




人生100年、長い人生「自分らしく」生きたいです。

でも、「自分らしさ」を追求すると、「自己中」にもなりかねません。

自分らしさを追求するのは大いに結構なことです。



大事なことは、「仕事」でも「プライベート」でも、

「自分らしく」を実現する大前提として、

他人への配慮」「思いやり」がなければ単なる「自己中」です。





一事が万事自己中はどこまで行っても身勝手です。

道路に平気でゴミを捨てる人は、

どこでも同じようなことをしているのです。




 
ほかの人の迷惑であろうが、他人が困っていようが、

自分には関係が無いという価値観です。
 


自分の欲求さえ満たせればそれで良く、

自分の都合で物事を判断する自分勝手な考えの人です。



 
自己中の人は、自分の行っていることが常に正しいと考え、

善と悪の判断ができない、視野の狭い気の毒な人間です。




自分らしい生き方をするのなら、

「情けは人のためならず」です。





誰にでも親切にすることです。



決して、恩恵が回ってくるから、「親切」にするわけでなく、



結果として、巡り巡って自分に恩恵が返ってきてるということです。







私は、ビジネスの基本は、この「情けは人のためならず」だと思います。




自分の得しか考えていないような人は、相手が苦しんでいようが、

騙してでも、自分の欲求さえ満たせればそれで良く、

自分の都合で物事を判断する自分勝手な考えの人です。




道路にごみを捨てる人で紹介したように、

「一事が万事」ですから、何度でも人をだましても平然としているでしょう。



仮に罪に問われたとしても、懲りずにあの手この手で人をだましたり

陥れたりするでしょう。

そんな人生は、決して「自分らしく」生きる手本ではありませんよね。





2.「長い箸」天国地獄・・・



昔、お腹がすいて、今にも死にそうな9人の衆生がいた。*迷いの世界の生物。

空腹で苦しむ、衆生を哀れんだ仏様は、救ってあげたい思い、食べ物を与えることにしました。



しかし、ただ食べ物を与えたのでは衆生の為にならないと仏様は考え、

食べ物を食べる際に、ある条件をつけた。



それは、長さ1メートルもある長い長い箸衆生に渡し、

「必ずこれを使って食べなければならない。

万一、約束を破り、手で食べるようなことがあれば、

瞬時に食物は消えてなくなるだろう」とおしゃったのです。






腹ぺこだった衆生は、眼前に現われたご馳走に大変喜び、

早速、渡された箸を使って食べようとした。





ところがその箸は、1メートルもあるものですから、食物をつまむことがまず難しい。

やっと掴んでもだれも自分の口へ運ぶことができない。




腕の長さよりも、箸の方が長いから、おいしそうな臭いだけは放ちながら、

食べ物は口元を過ぎて遠くへ行ってしまう。

何度やっても自分の口に、食べ物を運ぶことはできない。







それどころか、なかなか口に入らないので、苛立ち、隣にいる衆生にぶつかって

喧嘩が始まる始末・・・。

いつまで経っても空いたお腹を満たすことができず、ついに餓死してしまった。





これはみな、「他人より自分を優先した」結果、

「人はよい行いをすればよい報いがあり、

悪い行いをすれば悪い報いがある」という因果応報の道理ですね。







さて、菩薩界の衆生だけは、仏様が用意してくださったご馳走を、仏に感謝しながら

いただき、幸福に満たされた。





なぜ、菩薩だけが、それを食べることができたのか。その理由は、


 
菩薩たちは、他人の利益を優先する衆生なので、

食べ物を長い箸で掴むと、「あなたから先にどうぞ」と、

自分ではなく、隣に座る菩薩に、真っ先に食べさせた。


さらに、食べ物を貰った菩薩も、すかさず御礼にと、

自分の箸でつかんだご馳走を相手に食べさる。





箸の長さ、ちょうど1メートルほど離れて座っている菩薩の仲間に、

お互いが、どんどんと食べさせ合う。



ありがとう」という言葉が飛び交い、誰もが笑顔にあふれていることでしょう。

そして、喧嘩して怒号が響きあい、終いにはガリガリに痩せ餓死してしまった

先ほどの衆生とは真逆の世界です。




自分の事しか考えない人は、「いつまでたってもお腹がふくれない。」

つまり何ひとつ、願いが叶わないでしょう。


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「自分のことばかり考える」自己中心的な生き方と、
 
「相手のことを考える」相手を思いやる生き方があります。





 
自分のことばかり考える人にとって周りの人は「邪魔な存在」です。

 
自分さえよければ「他の人はどうなってもいい」と考えているのです。




自分と相手のことを考える人たちの集まりは、
 
周りの人に与える」、「周りの人と協力する」することができます。

 
自分一人では生きていけない」ということを知っているのです。
 




3.まとめ



長い人生において「自分らしく生きる

これはとても大事なことです。


今日お話ししたことは、

「情けは人のためならず、因果応報、長い箸」

どれも他人を思いやる配慮する行いが大事であることを意味していますが、

幼少期から「道徳教育」で親から、学校から学んできていることです。


 




しかし、世の中には「自分さえ良ければよい」という生き方をしている人が
多くいます。


自分さえよければということを継続していれば、間違いなく様々な問題が生じて来るでしょう。
 

オープンイノベーション」ということをご存知ですか。

最近、ビジネスの世界でこのオープンイノベーションを

企業の舵取りや再生に活かす企業が増えています。




製品開発や技術改革、研究開発や組織改革、

つまり「自分たちの技術やノウハウ」を提供したり、

他社の技術やノウハウを積極的に取り入れ「自前」主義から脱却

するということです。



自分の技術や知識を「抱え込む」のではなく

与えることで新たな価値を創造する」という流れが主流になってきているのです。





「BtoBの世界」(Business to Business)、

ビジネスではお金のやり取りではなく「価値の交換」こそが、

互いの向上につながると考えられるようになっています。



私たちは、物事の本質を見ずに、他人に影響されたり、

他人と自分を比較して不安になったりします。



ぜひ自分らしさを大切にしてください。

今日は「長い箸」という道徳の教科書に載ってたり、

結婚式などで披露される話を紹介しました。


実はこの「長い箸」のお話は原典が存在しません。


誰もが共感したり、感銘する内容だからこそ広く様々なところで使われているのです。




人は往々にして、何を言っているかよりも、

誰が言っているかということを重要視する傾向にあります。


 
「この人が言っていることだから、正しいだろう」と。


 
そうして、その言葉を鵜呑みにして失敗したりします。
 
 
重要なことは、「誰が言っているか」ではなく、「何を言っているか」です。


私のブログでは、ネット上に溢れる商材を詳しく検証しています。

また、豊かな人生を歩むための心持について紹介させていただいてます。


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またご質問やご意見もお寄せください。



最後までお読みいただき、ありがとうございました。